閒 text 性
閒 text = text
type = token
text は他の text 達の polyphony (閒主觀性の否々構成) である 意味生成性 (signifiance)
場 (khoa)
le symbolique (記號象徵態)
model (idea)
閒 text 性の二つの形體 : géno-texte / phéno-texte 對位法的讀解
「わたしが「對位法的讀解」と呼んだものは、實践的見地からいうと、テクストを讀むときに、その テクストの作者が、たとえば、植民地の砂糖プランテーションを、イギリスでの生活樣式を維持するプロセスにとって重要であると示しているとき、そこにどの ような問題がからんでくるかを理解しながら讀むことである。またさらに、あらゆる文學テクストにいえることだが、文學テクストは、その形式上のはじまりと 終はりによって永遠に閉じられ拘束されることはない。『デイヴィッド・コパーフィールド』におけるオーストラリアに對する言及、あるいは『ジェイン・エア』におけるインドに對する言及は、それらが言及可能であるがゆえになされるのである。つまり大がかりな植民地收奪について、小說家がことのついでに言及することを可能にしているのは、イギリスという國家權力そのものである(それは小說家のたんなる氣まぐれではないのだ)。しかし次のさらなる敎訓も、これにおとらず眞實をついてゐるかもしれない。つまり海外植民地は、やがて、直接支配からも閒接支配からも解放されるのだが、このプロセスは、イギリス (あるいはフランスやポルトガルやドイツなど) がまだそこにいるあいだからすでにはじまっていたのである。たとえ、このプロセスが、原住民のナショナリズムを抑壓 (Verdrängung)するいとなみのひとつとからまりあっていても、その點については、おざなりな注目のされかたしかされてこなかったとしても。要は、對位法的讀解は、兩方のプロセス、つまり帝國主義のプロセスと、帝國主義への抵抗のプロセスの兩方を考慮すべきであるということだ。テクストを讀むときに、視野をひろげ、テク ストから強制的に排除 (Verwerfung)されているものをふくむやうにすればいいのである。たとへばカミュの『異邦人』から排除 (Verwerfung)されているのは、フランスの植民地主義の歷史全體であり、アルジェリア人國家の破壞であり、その後の獨立アルジェリアの台頭(カミュはこれに反對した)である」(サイード 1998:137-138)。 hypertext
a.k.a. Lotus Notes
言表 (言ひ表はし) = text = écriture